ブログの変遷。

closeこの記事は 6 年 9 ヶ月 29 日 日前に公開したものです。

私のブログ変遷について。

初めての使ったのはGoogle Bloggerであった。2005年当時、BloggerはGoogleから見放されたといってもいいサービスのひとつであった。できることはできるが、日本国内でよく利用されていたブログサービスに比べたら劣る。ブログを弄ろうにも、殆ど英語で書かれた文章を読まなくてはならない*01状況であった。今思うと、このことが私のwebにおける情報収集の素地を作る切っ掛けだったのではないだろうか。
そのBloggerで、私がまず始めたのは何であったかというと、いわゆるテキストサイトである。Bloggerはひとつのアカウントで複数のブログを作ることができたため、書きたいジャンルにブログを作り、それぞれで詩やら小説じみたものやらを書いていた。そのとき、”あまたのよ”を名乗った。*02*03

その内、2ちゃんねるのコピペブログを運営するようになった。たまにコピペブログについて言及するのは、ブログを運営したことがある経験もあってのことだ。
FC2のアカウント自体は、決してコピペブログのために取得したのではないが、2ちゃんねるをよく見ていた当時としては、ログをまとめる作業が面白そうだと感じ、結局こうなってしまった。なお、FC2でコピペブログをやっていた際に「どのサービスがコピペブログに使いやすいか」という品定めのためにはてなのアカウントを取得しており、それが現在のあまたの何かしらに続くこととなった。*04実は2005年からはてなユーザーであるのだが、当時利用しなかったのは特殊な記法を理解できなかったからである。

コピペブログに飽きるようになて、ASKS?という西村博之氏のブログサービスを利用するようになった。このとき、初めて”あまたの何かしら。”と題した。そして、一般的なブログとしての利用を始めた。
はてなに限らず、LiveJournalやVox、(テキストサイトとは別に作った)Bloggerにもアカウントを持っており、titleに困ったことから”あまたの何かしら in サービス名”というtitleでASKS?以外は書いている。*05主に利用していたのはASKS?であったので、他のブログで書くことは殆ど無かったが。
あまたのよという人格が公になったのはASKS?からであり、今の私の大本はASKS?で始まっている。ASKS?を当時利用していた人達は今でも繋がりがある。ASKS?を利用して良かったと思うと同時に、関わりのあるユーザー諸氏には感謝している。それだけにASKS?は私の中で大切な存在である。(サービスについて文句を言うことが多かったが。)

さて、ざっくばらんに利用歴を書いたが、今はてなダイアリーを利用しているのはASKS?が大規模障碍に見舞われ、書こうに書けない状態が続いたことから移転先を思案したあげくのことなのだ。*06障碍が終わった後、ASKS?に戻ろうかと思ったが、ASKS?以外のコミュニティに入ろうという意志を持つようになったため、はてなダイアリーを書き続けるようになった。*07
それが今こうしてWordPressにも手を出す事態になっているが、さあさあ、次に何が起こるのかと私は期待してる。先の投稿で示したように、私の一部をさらけ出そうということもあるが、もちろんそれ以外に出会いがあるのではないか、漠然とした思いがある。こういう行動を取ったとき、どのときも何かしらの世界を楽しむかあるいは溶け込むかという結果を得てきた。今回もその類になるのではないか、そう思っている。もちろん確信はない。
だが、webで発信し続ける限りは、誰かの目にとまるには違いないだろうから、何にせよ、続けておかねばなるまい。

  1. というのも、ヘルプページが一部翻訳されていなかったり、テンプレートについて調べようにもたいてい海外の記事が多かったから。 []
  2. 実はハンドルネームとしてではなく筆名として考えたものである。 []
  3. 更に言うと、あまたのよは、いつか考えついた文章の一部である数多の夜を抜き取ったもので、それを平仮名表記にしただけのものだ。平仮名表記にした理由は、数多の世という意味を付け加えるため。web上の活動を考えたときに、私を名乗る別の人格が存在すると面白いと考え、同じ名前で別の人を作れるようにと共同筆名になれるようにした。 []
  4. そのとき、faviconに2ちゃんねるのものをそのまま使ってしまったがために、livedoor Readerでの表示が更新されないままになっている。 []
  5. それ以前は、ああだこうだというtitleでやっていた。 []
  6. http://d.hatena.ne.jp/amatanoyo/20070917/1190034776 []
  7. なお、これ以降、私が何かをやるときに題として”何かしら”を戴くのは、私が利用していることを明らかにするためという建前で、実は何かしらという語呂を気に入ったということとネーミングセンスがないということによる。 []
amatanoyo

Sekai Amataです。漢字では数多世界となります。あまたのよと名乗ることもあります。