なぜWikipediaは広告を貼らないのか。

closeこの記事は 5 年 11 ヶ月 23 日 日前に公開したものです。

毎年この時期になるとWikipedia(というよりはWikimedia財団)への寄付を募る動きが盛んになる。

ジミー・ウェールズのバナーが閲覧する人すべてを圧倒するようになってから、Wikipediaへの小言があちこちで聞けるようになった。聞けるようになったことはいいことだ。Wikipediaを更によくするための議論に発展する可能性がそこにあるのだから。

いつからジンボが出てきたのか

Extension:CentralNoticeというMediaWikiの拡張機能を使って、Wikipediaを含むすべてのプロジェクトに告知を出している。そして、その告知を出すための場所は、すべてのバナーはMetaWikiにある。だが、ここにあるのは現行のもので過去のバナーはない。過去のバナーについては、MetaWikiにスクリーンショットがアップロードされている。例えば2008年のバナー。意外と綺麗なデザインではないか、と今になって思う。そして2009年。前年に比べ味気なくなったが、Phase 3という名の通り、実はバナーは他にもある。このデザインに関するページを見てほしい。特にPhase 5だ。そう、ジンボ・ウェールズは2009年に既に登場していた。おなじみの文句も、この時完成されていた。だが、ジンボが常に表に出るようになったのは2010年からで、多くの人はその時初めてWikipediaの創設者を知ったに違いない。

Wikipediaの歴史

さて、本題である「Wikipediaが広告を掲載しない理由」であるが、『ウィキペディア・レボリューション』を読めばわかるので是非読んでほしい。

ウィキペディア・レボリューション―世界最大の百科事典はいかにして生まれたか (ハヤカワ新書juice)

  • 著者/訳者:アンドリュー リー
  • 出版社:早川書房( 2009-08 )
  • 単行本:443 ページ

とはいっても、ただひとつのことを知りたいがために本を一冊買う人はいないだろうから、Webに残っているログを元にその流れを書き出しておこう。なお同書の267頁からを参照すること。

“Good luck with your wikiPAIDia”

Wikipediaは始めからWikipediaだったわけではない。Wikipediaはボミスという会社の事業のひとつ、しかもNupediaのための存在でしかなかった*01ということを、まずは覚えておいてほしい。

ある日、Wikipedia共同設立者であるラリー・サンガーが、いずれWikipediaに広告が掲載されることをほのめかした*02

Bomis might well start selling ads on Wikipedia sometime within the next few months, and revenue from those ads might make it possible for me to come back to my old job. That would be great. I’ve liked this job very much, and I’m willing to do some work to help make it pay for itself.

OSDir.comに当時のログが残っている。この投稿がされたのは2002年2月13日のことであったのだが、この時期が絶妙な時期であったのだ。

同年2月7日、スペイン語版Wikipediaの記事数が1000を超えた。そのことをメーリングリストで祝福した*03スペイン語版の編集者エドガー・エニエディはラリーの文を読み、Wikipediaに広告が掲載されれるであろうことを知る。そして17日、彼は怒りを表明した。

Hi,

I´ve read the above and I´m still astonished. Nobody is going to make even a
simple buck placing ads on my work, which is clearly intended for community,
moreover, I release my work in terms of free, both word senses, I and want
to remain that way. Nobody is going to use my efforts to pay wages or
maintain servers.
And I´m not the only one who feels this way.
I´ve left the project.
You can see the Spanish Wikipedia development in the last two days and then
you may think it over.

Good luck with your wikiPAIDia

Edgar Enyedy
Spanish Wikipedia

簡単に要約すると、「コミュニティのために書き、フリーなものとして公開したのに、値段をつけるとは何事だ!」と彼は言ったのだ。最後の一文”Good luck with your wikiPAIDia”は、同書で「せいぜいがんばってくれ、益ペディア。*04」という味な訳が付けられているが、それはそれとして。

この後、エドガーはスペイン語版Wikipediaのフォーク”エンシクロペディア・リブレ”を立ち上げ、多くの記事とコミュニティメンバーを引き連れていった。2001年からGFDLを採用していたので、当然記事の利用は自由だ。だが、問題は記事ではない。コミュニティだ。この一件でスペイン語版Wikipediaは約1年間停滞することになった。そして、エンシクロペディア・リブレは、短い間ではあったが、Wikipedia以上に記事数を増やすこととなる。*05

コミュニティとWikipedia

Wikipediaはフリーな百科事典である。ここにおけるフリーとは、自由であること無償であることが込められているが、このフリーの概念を支持してきたのはユーザであり、そしてそれは10年間維持されてきた。Wikipediaをただただ見ているだけの人にとっては大した関心はないだろう。だが、熱心に記事を書いてきた人、議論を積み重ねてきた人、訳文を投稿し推敲してきた人にとって、フリーの意義は無視できないものであるに違いない。

Wikipediaに広告を貼る。この一言でコミュニティが離反する歴史を、Wikipediaは歩んだ。この事実は大きかった。それもそうだ。コミュニティが去った時、Wikipediaは改訂されない百科事典になるのだから。ただ、Web全体の利用者は当時以上に増えている一方で、Wikipediaの編集者が減っている*06ことを考えると、広告への抵抗感は現在において相対的に小さくなっているのではないかと思う。

ジンボは2006年にAdvertising and Wikipediaという題のブログ記事を書いた。改めてWikipediaに広告を掲載することに反対している。ジンボが頑なに広告に対して反対し続ける限り、私たちは毎年この時期にご尊顔を拝めることができるのだろう。

  1. 参考:同書130頁以降。 []
  2. なお、ボミスの資金難によりラリーは解雇されていたので、 そのような計画が進行していたかはわからない。 []
  3. 参考:Subject: [Intlwiki-l] Spanish Wikipedia meets the challenge – msg#00018 []
  4. 益ペディアには圏点が付けられている。 []
  5. 英語版Wikipediaに統計がある。現在ではスペイン語版Wikipediaが圧倒しているが、これは歴史的背景を知らない利用者が増えたことによる。 []
  6. 参考:ボランティアがウィキペディアから“ログオフ” – WSJ日本語版 2009年11月23日 []
amatanoyo

Sekai Amataです。漢字では数多世界となります。あまたのよと名乗ることもあります。